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大阪高等裁判所 昭和43年(う)589号 判決

被告人 寺倉潤一

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人稲葉源三郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに原判決が本件業務上過失致死の公訴事実を容認し、被告人に対してその刑責を肯定しているのは明らかに事実を誤認したものである。即ち被告人保管の業務用冷蔵庫内に原判示の児童三名が入り込み脱出不能のまゝ窒息死するに至つた本件事故は、右冷蔵庫の置かれていた場所が周囲を板塀等で囲繞してある通常人の自由に出入りできない場所であること等の状況に徴し、被告人としては全く予見し得なかつた不可抗力によるもので、右事故の発生について被告人に責められるべき過失はないというのである。

よつて、検討してみるのに、原審で取調べた司法警察員作成の実況見分調書、医師松倉豊治作成の鑑定書、村沢栄、尾垣さよ、林南七(昭和四二年六月二五日付)、金連日および李柄文の司法警察員に対する各供述調書、藤原静の司法警察員に対する供述調書および同人の原審公判廷における供述、阿形勲の司法警察員および検察官に対する各供述調書、大阪法務局天王寺出張所登記官楠木茂男作成の登記簿謄本、被告人の司法警察員(三通)および検察官(三通)に対する各供述調書並びに原審公判廷における供述を総合すると、被告人は昭和四一年一二月から大阪市生野区巽西足代町五四七番地所在の藤原静所有の藤原ビル内に事務所を借り受け、業務用冷蔵庫等の冷凍機器の販売を営んでいたものであるが、注文先から納品を拒まれた製品の保管場所として、屑鉄商を営む右藤原静がスクラツプ鉄材等の保管のため右藤原ビルに隣接する尾垣徳夫ほか二名所有の空地を同人らの許可を得て使用していたことから、右藤原の了解を得て昭和四二年五月中旬頃より被告人も使用することとなつたこと、そして同年六月七日頃得意先から返品された業務用大型冷蔵庫および同小型冷蔵庫、冷凍陳列ケース等合計五台を右空地に置いていたこと、右大型冷蔵庫は高さ一・八米、巾一・二米、奥行〇・九米の大きさであつて、扉は向つて右側に三個、左側に二個設けられているが、扉はいずれも外側開きで外側にだけ把手が取り付けられていて、内側からは僅かの力で容易に閉まるけれども、一旦扉が閉ると小学生程度の子供の力では再び開扉することはできず、しかも閉扉すると密閉状態で、どこからも空気の入る余地のない構造になつていること、同月一五日午後六時五〇分頃、附近に居住している原判示の林正協(小学校一年生、当時六才)、白徳蔵(保育園児、当時五才)、康栄洙(保育園児、当時四才)の三名の幼児が右空地に赴き、右冷蔵庫内に入り込んで遊んでいるうち扉が閉つて脱出できなくなり、間もなく同冷蔵庫内で窒息死するに至つたことが認められる。

そこで、右の如く林正協外二名の幼児が右冷蔵庫内で窒息死するに至つた本件事故につき、それが同冷蔵庫の保管責任者である被告人において、その保管上の注意義務を懈怠していたことに因るものとして過失の刑責を負うべきものであるかどうかについて考察するに、本件公訴事実は、被告人が右冷蔵庫を置いていた本件空地は一応その周囲が板塀、コンクリートブロツク塀およびパネル囲の塀等で囲繞されているものゝ、それは不十分なものであつて、右空地西側に設けられているパネル囲の塀には人の出入りが可能な程度に破損している箇所が二箇所あり、また北西隅および北東隅にもそれぞれ人の出入可能な隙間があつて、右空地に立ち入ることは十分可能であり、そのような場所に右の如き業務用大型冷蔵庫を放置しておれば、同所附近に居住する子供達が好奇心を誘発されて同冷蔵庫を遊び道具としてその中に立ち入る等の挙動に及ぶことは十分予測されるのであつて、その場合冷蔵庫の扉が閉鎖して脱出不能となり生命、身体に危害を及ぼす危険の発生することは当然予見すべきであり、また予見可能なものというべきであるのにかかわらず、被告人が右の点に関する配慮を怠り、危害防止のための何等の措置も講じなかつたのは、明らかに業務上の注意義務を懈怠していたもので、過失の刑責を免れないというのであり、原判決もこれを肯認している。

よつて、考究してみるのに、原審で取調べた司法警察員作成の実況見分調書、原審の検証調書、藤原静の司法警察員に対する供述調書および同人の原審公判廷における供述、堀川秀子の司法巡査および司法警察員(昭和四二年一二月八日付)に対する各供述調書、中村久野および水原玲子の司法巡査に対する各供述調書、金連日の司法警察員に対する供述調書、白清子および林仁順の検察官に対する各供述調書、阿形勲の司法警察員および検察官に対する各供述調書、被告人の司法警察員(三通)および検察官(三通)に対する各供述調書、被告人の原審公判廷における供述に、当審における藤原静に対する尋問調書、当審の検証調書、被告人の当審公判廷における供述を勘案して考察すると、被告人が前記冷蔵庫を置いていた本件空地は前示藤原ビルの西側に隣接して間口(東西)約三三・八米、奥行(南北)約四三・三米の広さがあり、右冷蔵庫は右空地の南東側右藤原ビル寄りの場所に置かれていたこと、本件空地の市道に接している南側には、高さ約三米の板塀が設けられていて、その中央附近に門があるが、それは本件事故当時は施錠されたまゝになつていて使用されていなかつたこと、次に右空地の西側には、その南寄りの部分には高さ約三米の板塀およびこれに続いてその北寄りに高さ約二米のパネル囲の塀が設けられていたこと、また本件空地の北側は、その西寄りの美工電装の工場との間にはパネル囲の塀があり、その東寄りのフエザー商事の倉庫との間には高さ約一米のコンクリートブロツク塀が設けられていて、その上には有刺鉄線が張られていたこと、なお本件空地の北西隅にあたる右パネル囲の塀と右ブロツク塀との間には巾約五〇糎の隙間があるが、同所附近の本件空地は雑草が生い茂り右美工電装の工場の方から投棄された空罐等が散乱している塵捨場となつていて、右の隙間を通つて本件空地に人が入ることは通常考えられない状況であつて、しかも同所に至るには美工電装の工場内を通つて来なければならず、公道から直接到達できる関係にはないこと、そして本件空地の東側は、その南側寄りに右藤原ビルがあり、その北側寄りに右藤原静が使用していたスクラツプ鉄材置場の空地があつて、これと本件空地との間にはパネル囲の塀が設けられ、右塀と右藤原ビルとの間には通路として一部塀のない部分があるが、同通路に至るには右藤原ビル内を通つて来なければならず、同ビル内を通行することは当然自由かつ無制限に許されているものではないこと、そして右藤原ビル北側の空地の北東側は佐藤方の居宅に接していてその間に板塀およびパネル囲の塀が設けられており、右佐藤方に接する北東隅の附近は同人方の裏庭になつていて、その北側に設けられている垣が粗雑なものであり、かつ右藤原ビル北側の空地との間の塀が壊れていたため、同空地を通つて本件空地に至る余地がなかつたとはいえないが、しかしそれも他人の邸内の裏庭に立入らなければならないものであつて、通常容易に通行できる箇所とは思料できないこと、また本件空地西側に設けられていた前示のパネル囲の塀には、本件事故当時二箇所即ち高さ約四〇糎並びに約八〇糎で、いずれも巾約五〇糎の破損箇所があり、従つて右破損箇所から本件空地に進入することが一応考えられるけれども、右パネル囲の塀を境にしてその西側には中村久野所有の畠が隣接していて、右畠の南側の市道に接している側には高さ約一米のコンクリートブロツク塀が設けられ、更にその上に高さ約一米の金網が張りめぐらされており、また右畠の北側には高さ約二米のコンクリートプロツク塀があり、西側は人家の裏壁となつていてその北西側に一部隙間があるが同所にはトタン板で囲いが施されてあつて、右畠には通常外部から立ち入ることができないようにされている状況にあり、しかも右畠を通らなければ本件空地西側の右パネル囲の塀に達することができない関係にあるため、右破損箇所の存することが本件空地に進入する余地を残しているとは必ずしもいえないものであること、そして中村久野の所有地である右畠は、以前は何等の用途に使用することもなく荒地のまゝ放置されていて、その周囲にも人の立ち入りを防止するための障壁も設けられていなかつたため、その当時は同所を附近の子供達が野球等をする遊び場として使用し、本件空地内に飛び込んだ球を追つて子供達が右パネル囲の塀を乗り越え、或は塀を破つたりして本件空地内に進入してくることも多かつたが、その後右土地が整地されて畠となり右の如き障壁が設けられてからは子供達も寄りつかなくなつて、本件空地内に進入してくることもないようになり、被告人が本件空地を冷蔵庫の保管場所として昭和四二年五月中旬頃から使用するようになつた頃は、既に右のような状態になつていたことが、それぞれ認められる。

右各認定事実に照らすと、被告人が本件冷蔵庫を置いていた本件空地は、その周囲が板塀、コンクリートブロツク塀およびパネル囲の塀等で囲繞されていて外部の道路からは内部を望見できない状況にあつたもので、たゞ北西隅の美工電装工場との間の僅かな隙間および北東側の佐藤方居宅に接する附近から、本件空地内に立ち入る余地が絶対にないとは言えないものゝ、前示認定の如くいずれも人が立ち入つてくる場所とは通常思考し難い状況にあつたものであり、また本件空地西側のパネル囲の塀の前示破損箇所を通り、もしくは南東側の藤原ビル内を無断で通りぬけて、本件空地内に立ち入つてくることも、前示認定の如き状況に徴し、通常予測し難いものであつたと認められる。

しかしながら、前掲各証拠によれば、本件空地の北側には美工電装の工場やフエザー商事の倉庫があり、ことに美工電装の敷地南端の本件空地に最も近接している建物の二階には美工電装の寮があつて、そこには従業員やその家族が居住している関係から附近の住民や子供等も右の寮に出入りしていたこと、並びに右二階の寮からは本件空地内を容易に望見し得ることが認められ、右の事実に前示の如く本件空地の周囲は板塀などで囲繞されているものの、その間には僅かながら隙間や破損箇所があつて、外部から本件空地に立ち入ることが必ずしも不可能ではないことを併せ考えると、本件被害者のようなあまり善良とはいえない判断力、自制力に乏しい幼児が、特に看守者もいない本件空地内に大型冷蔵庫を置いてあるのを見て、好奇心から右空地内に侵入し同冷蔵庫内に入つて遊ぶというような常規を逸した行動に及ぶことも全く予測し得ないことではなく、前述の如き構造を有する大型冷蔵庫の販売、保管の業務に従事する被告人としては、その取扱については特に細心の注意を払い、附近に住む幼児が右のような無謀な行動に出るという万一の場合も考慮して、冷蔵庫等を本件空地に置くのをやめ、更に適当な置場を考えるか、かりに本件空地に置くとしても冷蔵庫の扉が開かないようにロープ等で縛るとか、あるいは扉の部分を建物の壁面に密着させる等の方法を講じて危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。

してみれば、本件の場合被告人が、右の如く幼児の立ち入ることが予想できないこともない本件空地に、前記大型冷蔵庫を危険防止のための特別の措置を講じないままさし置いたことは、これを道路端その他公衆の自由に通行し得る空地等に放置した場合とは、もとよりその程度に異なるところがあるとはいえ、やはり被告人に業務上の注意義務の懈怠があつたものといわざるを得ない。

従つて被告人に対し本件業務上過失致死の刑責を肯認した原判決は結局正当であつて、所論の如き事実誤認が存するものとは認められないので、論旨は採用できない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 奥戸新三 中田勝三 梨岡輝彦)

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